インタビューinterview

【Re:Build(リビルド)】大卒・未経験でエンジニアに。20代で手にした沖縄で起業する夢

平均年齢26歳、全員がエンジニアでリモートワークを推奨ーー。各種システムの受託開発をメインに手がける2017年設立のベンチャー・Re:Build(リビルド)だ。率いるのは、20代で起業した横浜市出身の鈴木孝之さん。未経験でITの世界に飛び込み、苦労を重ねながら一人前のエンジニアに。そして、念願の起業。若くして単身沖縄に乗り込み、実現したかったこととはーー。

株式会社Re:Build(リビルド) CEO/Webエンジニア

鈴木孝之さん

1990年、神奈川県横浜市生まれ。多摩大学経営情報学部卒。2013年、東京のITベンチャー企業にシステムエンジニアとして入社し、プログラミングを習得。その後、株式会社フルスピードにwebエンジニアとして入社。大規模な広告配信サービスの管理画面開発や新人育成カリキュラムの作成に携わる。2017年11月に沖縄で起業し、株式会社Re:Buildを設立。

エンジニアを目指した理由について

文系出身、未経験。最初は”負のループ”だった

学生時代から、将来的には起業することを決めていました。ただ当時は、どんな手段や職種があるのか、十分知識があったわけではありません。それでも、成長市場のIT業界でスキルを身につけられれば、起業に役立ち、仕事の幅も広がる。そう思ったのが、IT業界を選んだ理由です。

文系出身で、全般的に勉強に対する苦手意識が強かったのですが、大学ではホームページ制作などのパソコンの授業だけは率先して参加し、成績もよかったんです。それもあり、エンジニアを志望することにしました。

ただ、未経験ゆえに社会人1年目は相当苦労しましたね。入社したのは当初、社員70人ほどのITベンチャーで、自社のエンジニアを客先に派遣する会社でした。ベンチャーですから社内の教育体制がしっかり整っているわけではありません。未経験ですがすぐに現場へ出ました。クライアントからクレームを受けたりと、かなり怒られましたね(笑)。最初の現場は実力不足で担当を外される苦い経験もしました。毎日終電帰りが当たり前の日々で、平日深夜や休日にはなるべく自主勉強してましたが、それでもなかなか時間を確保するのが難しかったですね。入社後の最初の半年間くらいは、まさに負のループでしたよ。

1社目で基礎を学び、2社目で興味を掘り下げる

「向いてないのかな」と、途中で会社を辞める考えも頭をよぎりました。ただ、起業するにあたっては武器がないとダメだ。ここであきらめたら何もできない。そう思って、なんとか踏み止まりました。そうやってなんとか、Javaを使って基幹システム系の開発作業を行えるレベルにまでは到達できました。

一方で、起業後はWebサービスの開発を手がけたい思いがありました。Java以外にも、RubyやPHPなども習得し、技術力を磨く必要がある。そう思って転職したのが、フルスピードです。そこで社内の人事管理システムや広告配信サービスの管理画面開発を担当し、サーバサイドからフロントエンドまで幅広い開発に従事したほか、新卒研修も担当し、新人育成カリキュラムの作成や指導にも携わました。

1社目でIT業界の基本的な知識を学び、2社目で具体的にやりたい分野を掘り下げたり、仕事の幅を広げる。社会人になった当初はしんどい時期もありましたが、結果的には充実したキャリアを積むことができたと思っています。

沖縄へIターンした経緯について

念願の起業へ。舞台に沖縄を選んだ理由

起業した場所がなぜ沖縄だったのか。それは、”地方”への関心から始まりました。大学のゼミで地域の活性化などを学んでいたので、もともと地方には漠然と興味があったんです。実際、東京でバリバリ仕事をしていても、大変なわりには充実感が乏しく、満員電車で消耗するのも時間の無駄だな。そんな風に思っていて、起業を見据えて地方でも挑戦できる環境を探しました。

ただ、実は1度、失敗もしているんです。最初の会社を辞めた後、数カ月ほど富山県に住んでいた時期がありました。ただ、気候が肌に合わなかったりしてうまく馴染めなかったんです。その失敗があったので、昨年4月にフルスピードを辞めてから起業するまでの間に、「自分にあった場所はどこか」と全国各地を回りました。その期間はフリーランスのエンジニアとして知人から仕事を請け負いながら、高知や長野、島根、京都など各地を転々としましたね。

沖縄へ降り立ったのは、昨年7月です。エンジニアたちが集まるシェアハウス「ギークハウス沖縄」(沖縄市)がオープンしたタイミングでした。クラウドファンディングで資金を募っていた時期から興味があり、私自身も資金援助していたんです。そのリターン(支援の見返りに得られる特典)が、実際に一定期間住めるというものでした。居心地がよく、その年の11月に、沖縄で起業することになるわけです。

当時の両親の反応は最初こそ驚いていましたが、「やってみれば」と送り出してくれました。実は父親も少し変わった感覚の持ち主で、サラリーマン時代は営業で海外を飛び回っていましたが、突然辞めて個人事業主として包丁研ぎをしています。そのDNAを、私も受け継いでいるのかもしれませんね。

現在の会社と仕事について
受託開発+新規事業。”農業のIT化”を模索中

リビルドは、PHPとJavaScriptを中心としたシステム開発の受託をメインに手がけています。クライアントは沖縄県内の企業を軸に、一部東京の企業からの案件も請けています。起業してまだ間もないが、順調に受託開発の依頼が来ている状況です。

例えば、直近ではソーシャルECプラットフォーム「temite(テミテ)」のシステム開発を担当しました。これは、EC店舗がインフルエンサーと連携しながら売り上げを伸ばすことを目的としたサービスです。成果に応じてPRに協力したインフルエンサーにも報酬が支払われる仕組みで、EC店舗とインフルエンサーの双方にメリットがあります。運営するEC-GAIN(沖縄市)は、最近も琉球銀行子会社のりゅうぎん総合研究所が運営する「BORベンチャーファンド」から資金調達を行うなど、創業3年目の注目ベンチャーの1つです。

こうした受託開発で資金繰りを行う傍らで、新規事業として自社Webサービスの開発も進めています。具体的に構想しているのが、”農業のIT化”です。特に野菜の廃棄問題に関心があります。規格外の野菜の多くが捨てられている現状を、ITの技術を使って解決できないか。具体的には、農家から規格外の野菜を受け取り、それを食品加工会社や飲食店に販売するようなサービスを計画しています。EC-GAINの例があるように、沖縄では特に近年、スタートアップを支援する団体やファンドなどが増えてきており、新規事業を応援してくれる風土があるのは心強いですね。

プログラミング教室の講師も。沖縄の起業文化を盛り上げたい

他社と連携して、プログラミングスクール「@CODE BASE」も開催しています。プロトソリューション(宜野湾市)が運営するコワーキングスペース「CODE BASE」を舞台に、大学生や第2新卒の若い世代を中心に授業を行っており、私はその講師として参画しています。受講者の中からは東京のIT企業から内定を得た人などもいて、徐々に実績が出てきている状態です。

実は以前から、こうした人材教育には興味がありました。私の家族は3人兄弟で、全員が大学に進学しました。学生の間に留学に行きたかったんですが、決して家庭の収入が多かったわけではなく、アルバイトに忙しくてそれは叶いませんでした。

そんな私自身の経験もあり、若い世代が思う存分学べる環境をつくりたかったんです。沖縄でも優秀な学生が東京へ出て行ってしまうケースが少なくない中、このスクールで学んだ子たちが沖縄で起業したり、就職したりするマインドが定着していってほしいですね。リビルドとしても、学生たちに「ここで働きたい」と思ってもらえるような会社を目指していきたいですね。

平均年齢26歳。リモートワークがメイン

社員は私を除いて3人おり、全員が沖縄出身のエンジニアです。平均年齢は26歳と若く、成長意欲が高いですね。

エンジニアが働きやすい環境づくりを心がけています。週1回、全員で顔を合わすミーティングのほか、重要な会議や飲み会など以外は在宅・リモートワークを基本としています。ただ、チャットだけだと相手の表情が見えないので、怒っているのか、喜んでいるのかわかりづらい場合があります。そのちょっとした行き違いの積み重ねがストレスになり、互いに険悪になる。私自身、そうした苦い経験をしたことがあるので、たとえ週1回でも対面のコミュニケーションをとることを大切にしています。

また、チャット上のコミュニケーションも工夫しています。私たちはSlack上で「分報」という使い方を取り入れてます。文字通り、分単位で思ったことを気軽につぶやけるチャンネルを設けているんです。例えば、形式的な会議では話題にしづらいような些細な悩みや作業のつまずきをつぶやくと、誰かが反応してすぐに解決できるようなことがあります。課題をリアルタイムで共有できるような工夫をすれば、リモートワークが主体でも不便さは感じませんね。

その他の取り組みとしては、沖縄県外の勉強会に登壇した社員には交通費と宿泊費を支給しており、勉強すればするほど、会社の支援が得られる仕組みに力を入れています。今年8月にも東京の会社と合同で勉強会を開催したりもしました。

沖縄へIターンして
シェアハウスから生まれる友人コミュニティ

移住前はIT系の勉強会があるかどうか不安でしたが、予想以上にIT系のコミュニティが充実していて、働きがいのある場所だと感じています。採用の面でも優秀なエンジニアも多く、他の地方よりも優れた環境にあると思います。

生活の面でも、気候が温暖でとても住みやすいですよ。特に、趣味のランニングは快適ですね。冬でも寒くないので気持ちよく走れます。今年2月には、「おきなわマラソン」に参加して42.195Kmを完走しました。

今もシェアハウスに暮らしているんですが、最初にここに住み始めたのもよかったですね。”知り合いゼロ”でのIターンは大変だったと思いますが、シェアハウスのオーナーを中心にいろんな人を紹介してもらうことができ、友人や知り合いを数多くつくることができました。

沖縄へのUIターンを考えている人へのメッセージ

沖縄でも最先端の技術に触れながら開発できる環境があるので、ぜひ成長・チャレンジする気持ちで沖縄を選んでほしいですね。沖縄で一緒に、バリバリ開発しましょう!

おすすめコンテンツ

  • インタビュー
IT業界、エンジニアとの出会い雪国に憧れ、北海道で酪農を学ぶ生まれ育った沖縄で過ごしたのは、16歳までと決して長く...
  • ニュース
2018年度、2回目の沖縄IT移住フェス!を開催2018年10月13日(土)13:30〜17:00、東    京都...
  • インタビュー
<Uターンした経緯について>当初は1年後に沖縄へ戻る予定だった沖縄を出たのは、県内のIT系専門学校を卒業した後でし...
  • インタビュー
沖縄へIターンした経緯について学生の頃から沖縄が大好きだった大学生の頃から沖縄が大好きで、当時から移住したいと思い...