インタビューinterview

【日本ビジネスシステムズ】約30年過ごした東京を離れ、50歳を過ぎて一家で叶えた“覚悟”のIターン

沖縄で順調に事業を拡大させている日本ビジネスシステムズ(本社=東京、以下JBS)は、2018年8月に開発センターを新たに立ち上げました。そこに加わったのが、センター開設とともに東京からIターンしたシステムエンジニアの米林秀起さんです。約30年過ごした東京を離れ、50歳を過ぎて決断を下した家族4人での沖縄移住。どんな経緯があったのか。そして、沖縄で実現させたい仕事のビジョン、暮らしとは──。

日本ビジネスシステムズ株式会社 ビジネスソリューション本部 ビジネスアプリケーション1部 アプリケーションアーキテクト沖縄グループ アシスタントマネージャー

米林秀起さん

富山県高岡市出身。埼玉県の大学を卒業後、日立システムエンジニアリング(当時)にシステムエンジニアとして新卒で入社。8年後に退職し、地図の制作会社に転職。20年間、システム開発などに携わる。2018年4月、沖縄へのIターンを前提に日本ビジネスシステムズに転職、同年8月に東京から一家で移住。浦添市に、妻と6歳の娘、2歳の息子と4人で暮らす。

<ITとの出会い、これまでのキャリア>

大手で8年、中小で20年。開発のスキル磨く

コンピュータの世界にのめり込んだのは、20歳の頃でした。大学では外国語学部英語学科に在籍していましたが、他の学科のコンピュータ関連の授業を数多く受講してましたね。卒業後はITの仕事に就こうと思い、日立システムエンジニアリング(当時、現在は日立ソリューションズ)に入社しました。そこでは車両を中心に、食品や精密機器など生産管理のシステム開発を主に担当していました。

ただ、夢中でがむしゃらに突っ走ってきたせいか、あるときから仕事に息切れしてしまうようになりました。それと、趣味でやっていた北インドの古典音楽の演奏が高じて、30歳で退職することに。それからは、演奏活動をしながら、地図を制作する会社でアルバイトをする生活が始まりました。

そして、32歳のときです。その地図制作会社で社員として働かせてもらうことになり、エンジニアの技術を生かしながら、地図のデータを使うなどしたシステム開発などに携わりました。小さな会社でしたが仕事は楽しく、20年もの長い期間育ててもらいました。

<沖縄へIターンしたきっかけ>

「沖縄に住みたい」妻の一言からすべてが始まった

沖縄移住の最初のきっかけは、私ではなく妻の一言でした。リゾート好きの妻が「沖縄に住みたい」と急に言い出したんです。その時点では私は沖縄で生活するイメージが湧かなかったので、「うーん…」と思い悩んでしまいましたね。沖縄は旅行で何度も行っていて好きな場所でしたが、「台風が多くて住むには不便ではないか」「観光地だからIT系の仕事がないのではないか」「地元の人によそ者扱いされ、村八分にされないか」などと、いろんな不安が頭をよぎったんです。

そんなある日、東京・新宿で開催された沖縄のマンションの説明会に出かけました。妻が「3000円のクオカードがもらえるから」と勝手に申し込んで、仕方がないので参加しました。2017年8月のことです。そしてこの日を境に、一気に事態が動き出したんです。

沖縄のポテンシャルと将来性の高さに興奮した

その説明会に参加したことで、沖縄へのすべてのマイナスイメージが誤解だったことが判明しました。沖縄から来ていた担当者からじっくり2時間ほど、沖縄の現状について話を聞き、誤解が晴れて不安が一気に払拭されたんです。 「住めるんじゃないか」と、説明会の後はむしろ妻より私のほうが移住に前のめりになってましたね。

それから沖縄のことを調べてみると、「移住するなら今がベスト」と考えるようになりました。沖縄ではIT産業が観光産業と比肩しているなど、調べれば調べるほど、ビジネスを含めた沖縄のポテンシャルと将来性の高さに興奮しました。それと、ちょうど娘が小学校の入学を控えていたので、入学前に移住したい思いもありました。さらに私自身も50歳を過ぎ、転職するうえでもなるべく早いほうがよかった。そういうわけで、マンションの説明会に参加した8月中には、移住を決意していました。

<Iターンへの準備>

転職、マンション売却…決断して1年の“スピード移住”

移住を決めてからの行動は早かったですね。すぐに移住・転職フェアに参加するなど転職活動を開始し、並行して東京のマンションの売却や沖縄のマンションの購入など、移住のための手続きを進めました。仕事と生活、同時進行の準備がスケジュール通りに進むか、1つでも失敗したらすべて台無しになるんではないか。そんなプレッシャーもありましたが、結果的にはちょうど1年後に沖縄に移住することができました。

「チャレンジ精神」と「人柄」に心打たれる

転職先は最初から、IT業界と決めていました。その中でJBSを選んだのは、「チャレンジングな社風」と「社員の人柄」が決め手になったからです。様々な部署から20人ほどの社員と面談などをしましたが、「新しいビジネス、サービスをやっていこう」という熱意をひしひしと感じました。そんなベンチャー精神とともに、どの社員も話していて心地よく感じる、爽やかな人たちばかりで、「この人たちと一緒に仕事したい」と思わされました。

<現在の会社と仕事について>

「オペレーション」と「開発」の2拠点体制

JBSは国内外を問わず、幅広い業界の大手企業を中心に、情報システムの企画・開発にはじまり、導入・保守・運用などをトータルで提供しています。そうした中、まず那覇市に本社管轄のサポート業務を行うオペレーションセンターを2016年8月に立ち上げ、その後2018年2月に豊見城市にリモートセールスセンター、2018年8月に同施設に開発センターを構えました。開発センターは、東京本社のアプリケーション開発部門の傘下の位置づけです。私はこの開発センターの立ち上げと同時に沖縄にIターンし、このセンターに勤務しています。

ニアショア開発ではない、沖縄発のコンテンツを

強調したいのは、開発センターは単なるニアショア開発を目的に開設したわけではなく、将来的に沖縄発のオリジナルのコンテンツを発信するのが目標だということです。ITや観光産業などが伸びている沖縄は、新しいビジネスを生み出せる余地が大きいと感じています。

それを踏まえ、まず最初の1年は基盤づくりに集中しています。現在は私を含めたエンジニアの3人体制(2018年12月時点)で、東京本社のアプリケーション開発業務の一部を担いながら、技術を蓄積している段階です。

“ウチナータイム”は感じない。エンジニアの質高く

実際にJBSで働いてみて、入社前のイメージ通り、常に新しいビジネスをつくろういうベンチャースピリットが強いことを実感する日々です。社員が約2200人もいる巨大な組織なのに、チャレンジングな姿勢を失わず維持し続けているのは、驚きですよ。経営陣を含めて若い社員が多く、みんな言いたいことを遠慮せず言い合う、風通しのいい会社です。

それと、沖縄のエンジニアは個々の独立意識が強く、勉強熱心です。クリエイティブな意見も出やすく、集中力やスピード感がある印象ですね。しかも、力の入れどころと抜きどころの感覚がピッタリくるので、一緒に仕事しやすいですよ。東京にいた頃は「ウチナータイム(沖縄独特の時間感覚)がある」などと、あまりいい噂は聞きませんでしたが、実際に一緒に仕事をしてみると全くそんなことはなく、レベルが非常に高いと感じています。

<Iターン後の変化>

「どこへ行っても観光スポット」休日の楽しみ増える

プライベートでも、休日の質が格段に上がりました。東京では車を所持してませんでしたが、沖縄では移動手段が車になったおかげでフットワークが軽くなり、家族で一緒にいろんな場所に出かけるようになりました。沖縄には海のほかにも、独特な歴史と文化があるので、どこへ行っても観光スポットという印象です。朝目覚めて、「ちょっとそこまで」という感覚で観光ができるのは、とても贅沢ですね。

保育園の教育も充実していて、娘はこれまでやったことのなかった縄跳びやピアニカ、ヒップホップ、エイサーなどを楽しんだりしています。もちろん、念願が叶った妻も沖縄での暮らしを楽しんでますよ。

<今後の計画と、UIターン者へのメッセージ>

エンジニアを大量採用し、組織強化へ

開発センターとしては今後、人員をどんどん増やしていく計画です。来秋をめどに16人のシステムエンジニアを新たに採用するのが目標で、引き続き開発技術を向上させながら、将来的に沖縄発の新しいビジネスやサービスをつくっていきたいですね。

一方、オペレーションセンターでも、クライアントをサポートするヘルプデスクエンジニアを募集しています。オペレーションセンターは、開設当時18人だったスタッフが今では約3倍の50人に増えました。さらに来秋までに30人ほどを増員し、事業規模をどんどん拡大していく計画です。

“牙”がある人もない人も、沖縄なら輝ける

どこで暮らしても、いいこともあれば、うまくいかないこともあるでしょう。そこでやっていけるかどうか、大事なのは覚悟と環境適応力ではないでしょうか。私の場合は、チャレンジ精神を失ったような「牙の抜けたライオンはいらない」という言葉を沖縄に移住した先輩から聞き、「沖縄でやっていく覚悟はあるか。どんなことを成し遂げたいのか」と自分自身に問いかけ、そのうえで移住を決意しました。

でも、仮に牙が抜けてしまっていても大丈夫です。もしかしたら東京には、すでに日々の仕事や生活に疲れ果て、挑戦する気持ちを失ってしまっているような人が少なくないかもしれません。沖縄の自然豊かな土地や空気を肌で感じ、地域の人たちと温かい時間を過ごすことで、牙がもう一度生えてくる。しかも、前よりももっと立派な牙が。そんな風に、前向きになれて覚悟が芽生えるきっかけを与えてくれる場所が、沖縄だと思います。ぜひ、そのパワーを一緒に味わってみませんか。

おすすめコンテンツ

  • 沖縄生活情報
みなさんに「働きやすい場所」として沖縄県の仕事事情を紹介してきましたが、それを証明してくれるニュースが、この4月に...
  • インタビュー
【座談会参加者】Aさん(システムエンジニア・30代・男性)Bさん(IT法人営業・20代・女性)Cさん(ソフトウェア...
  • インタビュー
【登壇者】菅谷健太郎さん(東京→Iターン4年目) *写真右株式会社サイダス 技術本部所属人材情報分析や働きかた改革...
  • ニュース
  • イベント
2018年度最後の沖縄IT移住フェス!を開催2019年2月9日(土)13:30〜17:00、東京・渋谷道玄坂にある...